女王蟻と卵

職場の部下が女王蟻を捕まえた。



年に一度の結婚飛行を終えたばかりのクロオオアリの女王が土に潜り込もうとしている時に捕らえたらしい。
体長30mmほどの巨大な蟻は、職場において気持ち悪がれることはあっても可愛がられるはずがないのは当然なのだが、非難されてしかるべき部下が飄々とした態度で「飼いたいです」と言い出したのには驚いた。
周りの反対を気にすることもなく「必ず卵を産むんです。見てみたくないですか?」と、クロオオアリの素晴らしさを語る部下がなんだか哀れで、それで僕は、観察日記をつけることを条件に蟻王国(飼育キット)を買ってあげた。

土の代わりに半透明の青いゼリーが密封された蟻王国の中で、女王は4つの卵を産んだ。
部下によるとまずは身の回りのお世話係を何匹か育て、安定したら自分は卵を産むことに専念するらしい。つまり、最初の数匹は女王と言えども自分で一人前に育てあげなければならないのだ。

青いゼリーを掘り、巣穴らしきものはできているのだが、卵はその中ではなくゼリーの表面に置かれている。上から覗き込むと女王は慌てて自分の卵を咥え、穴の中に隠す。4つの卵を隠し終えるとじっと卵の上で脅威が去るのを待ち続ける。暫く時間をあけてもう一度覗くと、もとの表面に卵は戻されているのだが、また慌てて穴の中に隠そうとする。蟻にどのぐらいの思考力があるのか、またはどのような本能が働いているのか僕にはわからない。もしかしたら凄くシンプルな行動様式なのかも知れない。
だけど、蟻の必死な子育ては、女王というよりは母のそれに近いように感じる。
僕も母にこうやって育てられ、そして妻は子供をこうやって守っていくのだろう。

職場で居場所のなかった蟻と部下だが、献身的な母蟻の態度に皆が興味を惹かれ、今や職場のアイドルになっている。卵の数が17に増えたので、蟻王国では狭すぎて困ったことになりそうだということで、もっと広い飼育キットを買ってあげた。部下も嬉しそうに蟻の世話をしている。
誰かが意地悪で「低圧チャンバーで高度20000mまで上げようぜ」(学生へのデモとして昆虫を低圧環境に晒すことがある)なんて言うと部下は一生懸命「ちょっ、やめて下さいよ!」と冗談が通じない様子。彼もまた蟻に特別な感情を抱いているのかも知れない。

今日、カブトムシを捕まえた。

20150604125259fe9.jpg

部下が言った。

「あ、こいつちょうどいいですね。今度チャンバー入れちゃいましょう。ぐふふ。」

女王蟻の観察日記にはこう書かれていた。

「卵の中央付近が茶褐色になってきた。間もなく孵化するだろう。楽しみ。」

僕は部下の観察が楽しい。

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